津軽三味線奏者 只野徳子

2017年8月31日

9月只野さん

オーストラリア・メルボルンを拠点に活動する津軽三味線奏者。6歳から三味線を習い始める。09年と11年には津軽三味線の全国大会で特別賞を受賞。12年にはオーストラリアの人気オーディション番組「Australia’s got talent」でファイナリストとなった。

 オーストラリア・メルボルン在住の三味線奏者の只野徳子が9月17日にカフェ「KAIXINGUO」、23日、24日に託児園「葵AOI」で、ライブを開催する。津軽三味線を始めたきっかけや各国でパフォーマンスを行う日々などについて聞いた。

 

ー上海の印象はいかがですか。今回の上海公演はどのようなきっかけで開催になったのでしょうか
 上海は今回で2回目です。最初は2003年に当時ボーイフレンドだった夫と訪れました。その時の印象はビルが立ち並びとても近代的な街で、東京の渋谷のようだなぁと感じました。今回の上海コンサートのきっかけは、私の
04年のオーストラリア移住直後に知り合った友人と再会した際、アジアでの演奏活動について話が弾み、彼女と彼女の友人の協力で公演の運びとなりました。
ー今回のコンサートの聴き所を教えてください。
 伝統的な民謡に加え、オーストラリア移住後から培ってきた民謡の枠を超えた現代音楽寄りの曲を演奏したいと思います。オーストラリア北西の町ブルームを訪れた際に作曲した曲、万葉集の詩を歌詞にした曲など、観客の皆様と三味線の音色を通じて繋がることができたら嬉しいです。今回は上海でご活躍されている二胡奏者の宮原りょう子さん、打楽器奏者の中村明奈さんとのコラボ演奏もあります。また津軽三味線の紹介も行いますので、初めて津軽三味線を聴くという方にも知っていただける機会になるかと思います。

 

ー津軽三味線を志したきっかけは? 民謡を歌っていたお父様の影響もありますか。
 三味線を始めたのは完全に父の影響です。福島の農村で育った父は幼少期から、彼の祖母が野良仕事をしながら歌う生の民謡を聞いて育ちました。千葉に移住後、父は勤め先の民謡クラブに所属。自宅で津軽三味線を練習する父を見て「私も習いたい!!」と懇願し、稽古場に通うようになりました。その後、年子の姉も三味線を習い始め親子3人で演奏する機会もよくありました。

 

ーCD、DVD、Youtubeを駆使し、腕を磨いていると伺いました。青森で行われた全国大会にも参加され、09年と11 年に特別賞を受賞されていますね。
 尊敬する津軽三味線演奏者のCD、DVDやYoutubeを技術向上の糧にしております。幸運にも心の師匠と慕う方に日本でお稽古をつけていただく機会もあり、そうした時間が私の基盤となっております。全国大会へは、今の自分のレベルの確認及び修行の一環として09年から3年連続で参加させていただきました。大会を通じてもっともっ
と上手くなりたいと感じました。
 
ー世界中で演奏されていますが、印象に残ったエピソードをお聞かせください。
 日本以外の国では三味線を知らない方が多く、今まで訪れたことのない国でのストリートパフォーマンスで人々の反応を見ることが好きです。パリでは投げ銭の半分ほどを物乞いに持ち去られたことがありました。それ以来警戒心が強くなったのですが、ローマでは物乞いの少女が私の箱にお金を入れてくれたことで、それまでのネガティブな感情が一気に解放されました。各国を三味線と旅することで味わえる経験や素敵な人々との出会いにいつも感動しています。
 
ー只野さんと同じく、日本を離れて暮らす読者の方々にメッセージをお願いします。
 日本を離れたからこそ見えてくるふるさとの魅力を感じている方は多いかと思います。津軽三味線は日本が誇る伝統の1つです。伝統楽器を通して日本以外の皆様とも海外で繋がれる事に喜びを感じます。ご都合がつきましたら是非コンサートにいらしてください。